ニューヨークの夜のストリートをバックに、黒い「テスラ Model Y」のドライビングシートでステアリングを握る。そんな場面を切り取ったアートワークが目を惹く、DJ RYOWによる14枚目のリーダーアルバム「DRIVE MY DREAMS」は、ヒップホップに対する“今”の彼のスタンスや思いが色濃く投影された作品だ。現場でのDJプレイに加えて、楽曲の制作やプロデュースもハードにこなす彼らしく、前作「I Have a Dream.」からおよそ1年という短いスパンで届けられた今回の新作。内容への理解をより深めてもらうため、この機会にDJ RYOWの言葉を元にした“3つのキーワード”から、作品と制作の背景を紐解いていきたい。
最初のキーワードは「トレンド」。DJである以上、DJ RYOWは常日頃から数多くの楽曲をチェックし、最新のヒップホップトレンドにも敏感だ。そんな「トレンド」が今回の作品にはどう影響しているかをまず探ってみると、こんなふうに答えてくれた。
「最近はヒップホップがめちゃくちゃ多様化してるから、いい意味でトレンドらしいトレンドはなくなったかなって感じる。それに、トレンドを作れる人ならかっこいいけど、人が作ったトレンドに乗っかるだけならあんまり面白くないとも思うし。だから、ここのところはトレンドを特別意識せずにビートを作ってる。今までのアルバムは制作の直近1年以内に作ったビートばかりを使ってたけど、実は今回のアルバムには3年くらい前に作ったビートもある。500〜600曲くらいあるオレたちのチーム(SPACE DUST CLUB)のストックから、数曲ずつ客演のアーティストに聴いてもらって選んだから、自然と収録曲の幅も広がったかもしれない」
制作時に「トレンド」を意識しなかったにせよ、なぜ今までは避けていた、比較的時間が経ったビートも使うことにしたのだろう。
「作る側の人間として、昔は『3年前のビートはちょっと古くて嫌だな』って思ってたけど、最近はその考え方が変わって。もちろん制作の過程で多少のアップデイトはしたけど、歌う人とか聴く人によって、やっぱり受け取り方は変わるから。フロウとか歌う人の組み合わせとかでもフレッシュさは十分表現できるし。聴いた人がかっこいいと思ってくれるなら、最近作ったビートだけが正解っていうことでもないかなって」
ヒップホップとしての鮮度は重視しつつも、そこにこだわりすぎることなく、普遍的な楽曲の“かっこよさ”を愚直に追求する。その姿勢が生んだ結果は今作の随所から聴き取ることができるのだが、きっかけとなったと思しき2つ目のキーワードが「影響」だ。どんなアーティストでもインプットがあってこそアウトプットが生まれているはずで、それはDJ RYOWも例外ではない。今作に至るまで、彼はどんな「影響」を受けたのか。
「かっこいい曲が出来上がった瞬間にアルバム制作のスイッチが入る。いつもそうだけど、それまではアルバムのこととかは何も考えずに、とにかくひたすらビートを作ってて。今回はguca owlにした『一緒に曲を作りたい』っていう話がトントン拍子に進んで、そこで出来たヴァースがきっかけでアルバムの全体像が頭に浮かんだ」
今作のリードトラック“Ready To Fight feat. guca owl, LANA & ¥ellow Bucks”に収められたguca owlのヴァースが、DJ RYOWの“意欲”に火を付けた。ただ、それは彼が思っていたよりもかなり早かったという。
「前のアルバム以降、がっつり関わらせてもらったAK¥B(AK-69と¥ellow Bucksによるプロジェクト)のEP『Flying To The Top』を筆頭に、いろいろなアーティストのビートを作らせてもらってたから、自分の中では軽く1年以上は経ってる感覚だった。でも、実際はそうじゃなくて。guca owlのヴァースを録ったのは、去年の9月か10月。今は世の中にいいラッパーとかシンガーがすごく増えてきてるし、『アルバムを作りたい』っていう意欲が湧くサイクルが昔より早くなってる気がする」
しかし、前作からわずか半年で次作の制作に取り掛かるようDJ RYOWを突き動かした要因は、おそらくそれだけではないはずだ。今作に参加したフィーチャリングアーティストは、地元・名古屋の重鎮からシーンの話題をさらう若手まで、相変わらずバラエティに富む。その顔ぶれはすなわち、25年超のキャリアを持つベテランに対する信頼度の高さを物語っているわけだが、一方でDJ RYOWが今作に至る「影響」を受けた面々でもあるのだろう。なかでも関わりが深い、フッドの“若き才能”=¥ellow Bucksはとりわけ大きな刺激となっているようだ。
「(¥ellow)Bucksとは頻繁に話をするけど、オレたちが昔からやってきたことは、向こうにとってある意味で新鮮なんだなって分かることも結構ある。オレたちは普通にそうするしか方法がなくてやってたことも、デジタルネイティブみたいなあの世代からすれば逆に面白いアイデアとして映るみたいで。時代は繰り返されるんだなって感じる瞬間が多い。あとは、Bucksの活動をサポートする中で、“親心”じゃないけど、それに似たような感情が芽生えてきたのもアルバムには影響したかもしれない。プロデュースしたいっていう気持ちとはまた違って、たとえば『Bucksの世代にはもっとこんなことをやってほしい』と思ったり、逆に『自分は世代的にこういうことを今はやるべきかな』と思ったり。裏方の動きをしているのも楽しくなってきたし、いろいろな意味でオレもちょっと“大人”になったのかなって(笑)」
DJ RYOWは冗談めかしながらこう話したが、彼自身が「夢」に向かうその歩みを止めたわけではない。最後のキーワードは、ここまでの14枚すべてのアルバムに冠してきた「Dream」、つまり「夢」だ。
「Bucksみたいな若い世代のヤツが『オレはもっとこうなりたいんだ!』っていう夢を持って、メラメラ燃えてるのを見ると、昔の自分とか周りのみんなを見てるようでめちゃくちゃいいなって思う。刺激もされるし。やる気満々のヤツが近いところに出てくると、やっぱりオレらおっさん世代はみんなつられるよね(笑)。『手伝えることは手伝うから、行けるところまでもっと行け!」って思うし」
こう話すDJ RYOWは目を輝かせて生き生きとしていたが、自分にも「夢」がある以上、そのスタンスが揺らぐことはない。しっかりと地に足をつけ、冷静な目で自分に求められることも判断している。
「でも、このシーンにいる以上、自分もピシッとやることをやらないとやっぱり説得力がない。そういう刺激を受けて影響もされるなかで、自分でもしっかりかっこいい曲を出したり、まともなDJをちゃんとやったりっていう作業は絶対にやらなきゃダメだなっていう責任も感じるから。そういう意味でも、『今のオレしかできないことをやろう』っていう思いは昔より強くなったかもしれない」
EMI MARIAの歌声とともに幕を開ける今作は、これまでのアルバムと比べて落ち着いた印象を受ける曲が多い。アーティストとしての“成長”とは違う、年齢と経験を重ねてきたから可能な“グッドミュージック”を生み出すことこそを“今の自分がやるべきこと”、そして今の役割として認識しているのだろうと感じる。アーティストの“今”を切り取ったのがアルバムというフォーマットであるがゆえ、DJ RYOW自身のそんなスタンスも今回のアルバムには確かに反映されている。
「今作はアルバム全体を通して聴けるような、大人っぽい雰囲気の作品にしたかった。自分は冬が結構好きっていうのもあるし、冬とか夜とか、あとはタイトル通りクルマを運転してるときとか、そういう場面に合うようなアルバムにしたくて。結果、いい感じにまとまったと思う」
無論、DJ RYOW自身も「夢」を諦めたわけではない。元々彼が語っていた「夢」は、「有名になりたい」や「金持ちになりたい」といった“自分”が主語になったものではなかった。当然そういう類の「夢」を否定するものではないし、DJ RYOWもアーティストとして「あわよくば」くらいには思っていただろう。それに、「アメリカのアーティストと自然な形でコラボしたい」という「夢」もあるにはあった。ただ、話を聞いていると、大部分の主語は「日本のヒップホップが」「名古屋のヒップホップが」というものだった。「夢」や目標は人それぞれだという前提のもと、同じ熱量で信頼して「夢」の一部を託せる男=¥ellow Bucksの存在は、シーンにおけるDJ RYOWの役目をわずかながら変化させたのかもしれない。年齢やキャリアも相俟って、より絞り込んで自分の「夢」を追う余裕をDJ RYOWに与えたとも言える。
「M.O.S.A.D.とかPHOBIA(OF THUG)が全盛期の頃って、名古屋ではめちゃくちゃいろいろな人が頑張ってたし、『名古屋のヒップホップはヤバい』って言われて、名古屋までわざわざ遊びに来てくれるお客さんもいっぱいいた。そんな流れが、今ならもう1回作れるんじゃないかと思う。自分より上の世代の人たちはいつだってやれるし、下の世代にも、SOCKS、Bucks、C.O.S.A.、MaRIとかいっぱいいる。呂布(カルマ)みたいなタイプのヤツもいるし。みんながいい感じに1つにまとまれば、お客さんが名古屋まで遊びに来てくれる時代をまた作れるんじゃないかなって。そんな雰囲気も最近ちょっとずつ見えてるし、きっかけさえあれば、またまとまって動き出せるんじゃないかな。トコナメさん(TOKONA-X)が亡くなってからちょうど20年目の今年、そういうのもあってすごくワクワクしてる。そのワクワクもあって、25年以上音楽やってきたけど、今年が一番やる気あるかも(笑)」
自分のキャリアと同じくらい、自分を育ててくれた名古屋の街、名古屋のシーンを大切にし、そこへの愛を隠さないDJ RYOW。そんな彼の今後の「夢」とはどんなものだろうか。
「自分がやりたいこととか、やろうとしてることをちゃんと形にしつつ、音楽を含めてまた新しいことに挑戦したい。自分からはまだ見えていないところに行けたらいいなって。映像作品とか毎週帯のレギュラーイベントとか、やりたいことはたくさんある。最近よく思うんだけど、自分がどうこうの前に、そもそもヒップホップが好きじゃないとこんなことやれないじゃん?毎年ニューヨーク行ったり、毎日新しい曲を探したり、いまだにミックステープ作ったり…。昔と変わらないことを今もずっとやってるけど、オレはもうただ好きだからやってるだけ。この20年でヒップホップを好きな人がいっぱい増えた分、卒業しちゃうみたいな人も多い。そうさせないくらい、いい意味で“人をヒップホップにハメたい”かな。オレがヒップホップにハマった原因はトコナメさんだったから。オレもそういう存在になれたらいいなって思うし、もっともっと面白いことをやってみんなを巻き込みながら、ヒップホップのヤバさ、名古屋のヤバさを伝えられたらうれしい」
TOKONA-Xの没後20年。愛弟子とも言えるDJ RYOWは、亡き先輩の遺志を胸に第一線を走る。地元・名古屋の街と仲間を想う、そんな彼の新たなる夢が尽きることはない。今回のアルバム「DRIVE MY DREAMS」はその意思表示でもあり、足掛かりでもある。DJ RYOWはこれからも変わらず夢を追いかけ続けるはずだ。
Text by Kazuhiro Yoshihashi
発売日
DIGITAL:2024年3月27日
CD:2024年4月24日
(品番 VCCD-2031、価格 ¥3,000 + 税)
1. Intro “Drive My Dreams” feat. EMI MARIA
2. Ready To Fight feat. guca owl, LANA & ¥ellow Bucks
3. HOPE feat. Carz
4. MOW feat. SOCKS
5. Osanpo Remix feat. R-指定, 般若 / SOCKS & DJ RYOW
6. CPR feat. EMI MARIA, DADA
7. Trust feat. KONA ROSE, IO
8. Factor feat. Kaneee, C.O.S.A.
9. My Life feat. 柊人, Jin Dogg
10. Players Livin’ feat. 梵頭, T-TRIPPIN’, PERSIA, K-DOG
11. DREAM feat. G.CUE, “E”qual & Kalassy Nikoff
Bonus Track
12. Skit
13. NEW YORK, NEW YORK 2023 / TOKONA-X